農業はカーボンニュートラルにどのように関わって来るのでしょうか。意外にも農業は温室効果ガスの主要な発生源の一つです。一方で農業にはCO2吸収の可能性も秘めています。
農業からの温室効果ガス排出の抑制と、農業による吸収技術の進歩がカーボンニュートラルに貢献します。
今回は、農業とカーボンニュートラルの密接な関係について徹底解説し、国や企業の取組事例も紹介します。
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カーボンニュートラルと農業の関係性
そもそもカーボンニュートラルとは
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを意味します。
つまり、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることを意味します。
実質ゼロとは、プラスマイナスゼロの状態のことで、人間が排出したCO2などを含む温室効果ガス排出量と植物が吸収した温室効果ガス量がプラスマイナスゼロになる状態を目指すものです。
温室効果ガスの排出量を減らすこともカーボンニュートラルの取り組みですが、削減しきれなかった温室効果ガスを森林などに吸収してもらうために、森林保全や植林活動を行うのもカーボンニュートラルの大事な取り組みです。
近年、国内外でさまざまな気象災害が発生しています。こうした気候変動は、農林水産業、自然生態系だけでなく私たちの経済活動等にも影響を及ぼします。気候変動の一因には温室効果ガスが挙げられます。
国民一人ひとりの衣食住や移動といったライフスタイルに起因する温室効果ガスが日本全体の排出量の約6割を占めるという分析もあり、国や自治体、企業だけの問題ではありません。
カーボンニュートラルの実現に向けて、誰もが無関係ではなく、全員が意識して取り組む必要があります。
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農業から発生する温室効果ガスの割合とその種類
農業から排出される主な温室効果ガスの種類には、CO2、メタン、一酸化二窒素が挙げられます。
それぞれのガスについて農業からどの程度排出されているのかを表にまとめました。
名称 | 各温室効果ガス排出総量に占める農業から排出される割合 |
CO2 | 約25% |
メタン | 約31% |
一酸化二窒素 | 約59% |
自然の中で行われる農業は環境に優しいイメージがありますが、意外にも温室効果ガス発生に占める割合は大きいのです。
工業だけでなく、農業から排出される温室効果ガスの削減方法についても考えなくてはなりません。
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温室効果ガスの発生源
土壌からのCO2発生│根呼吸と微生物呼吸
あまり知られていませんが、人間活動だけでなく、土壌からも多量のCO2が排出されています。土壌から排出されるCO2の量は年間約3600億トンと推定されており、これは人間活動の約10倍にも相当するとも言われています。
温暖化が進むことで土壌からのCO2発生がさらに増えると予想されています。
土壌からのCO2の発生の原因とその割合を表にまとめました。
発生源 | 土壌からのCO2排出全体に対する割合 |
植物の根の呼吸 | 約30% |
土壌微生物による呼吸 | 約70% |
特に微生物呼吸は、温度上昇によって指数関数的に増加するという特徴があります。そのため、地球温暖化によって僅かでも気温が上昇すれば、微生物呼吸が顕著に増加し、さらに地球温暖化を促進させてしまうという悪循環に陥ります。
農業機械によるCO2排出
農業機械の燃料は軽油や灯油などの化石燃料です。
農業機械は自動車と同様にCO2などの温室効果ガスを排出します。
家畜の消化管内発酵によるメタン発生
農業のうちメタン発生源の一位は、畜産分野であり、世界のメタン排出総量の約27%を占めます。特に問題となっているのは家畜の消化管内発酵(ゲップとして排出)です。
消化管内発酵とは、主に牛など反芻動物は複数の胃を持っており、第一胃のルーメンと呼ばれる場所でメタン発生古細菌が飼料を分解するために嫌気的発行を行うことです。その際にメタンガスが発生します。
稲作からのメタン発生
農業のうちメタン発生源の二位は、稲作であり、世界のメタン排出総量の約11%を占めます。特に稲作が盛んなアジア圏においては、メタン総排出量の内、多くを稲作が占めています。日本の場合、約60%が稲作によって排出されています。
基本的にメタンは、複雑な構造の有機物が酸素不足の状態(嫌気状態)で微生物によって分解されるときに発生します。
水田には水が張られているので、土壌は嫌気状態となります。また、嫌気的な土壌中では、稲わらや植物遺体、根からの分泌物などの有機物を分解する過程において微生物の働きによりメタンガスが発生しています。
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肥料使用土壌からの一酸化二窒素発生
一酸化二窒素の人為的発生源のうち最大のものは農業です。肥料を使用した土壌や家畜排せつ物の処理過程(堆肥化)からの一酸化二窒素の発生量は、地球全体の人為的発生量の約40%を占めると推定されています。
肥料や家畜排せつ物には一酸化二窒素の原料となるアンモニウムを多く含んでいます。このアンモニウムが「硝化」や「脱窒」と呼ばれる微生物による反応によって一酸化二窒素に変換され、土壌から排出されます。
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みどりの食料システム戦略│スマート農業でカーボンニュートラルに貢献
農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」は、「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現させるため、中長期的な観点から戦略的に取り組む政策方針」のことです。
農林水産業全体の生産力を、持続可能性と矛盾することなく高めていくことを目標としており、2030年まで、2040年までと10年ごとの達成目標が設定されています。
この戦略の中で、スマート農業によるカーボンニュートラルへの貢献例が紹介されています。
ここでは水田で活用される自動水管理システムの例を紹介します。
水田水位などのセンシングデータをクラウドに送り、ユーザーがモバイル端末等で給水バルブ・落水口を遠隔または自動で制御します。手間をかけず、正確な水田の水管理が可能になります。これにより、効果的にメタンの発生量を低減することが可能です(約30%)。
脱炭素へ向けた農業支援での補助金はでる?│有機農業でカーボンニュートラルを目指す
現在、日本では脱炭素に向けた農業支援での補助金はありません。
しかし、農林水産省の補助事業には「有機農業新規参入者技術習得支援事業」があります。農薬や肥料を使用しない有機農業はカーボンニュートラルに貢献します。なぜなら、農薬や肥料の製造過程でCO2を出す化石燃料を利用しているからです。
農林水産省の他にも有機農業を支援するプロジェクトは広まりつつあります。今後有機農業だけでなくカーボンニュートラルに貢献する農業全体に補助金が出ることを期待します。
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企業の取組4選
マイクロソフト│農業協同組合と連携し、農業での気候変動対策に乗り出す│農業によるCO2吸収技術を活用
マイクロソフト社は2020年7月に、米国内の農業協同組合と連携し、農業での気候変動対策に乗り出しました。
2社は発表で、農業によるCO2削減効果と排出枠市場への参入を強調しました。
そもそも土壌にはCO2を貯留する能力があります。
前の項で温暖化による土壌からのCO2排出を紹介しましたが、土壌を適切に管理することで反対に土壌に炭素(CO2)を固定することが可能です。
土壌有機炭素の一部が化学的・生物的(微生物的)に再合成され、微生物呼吸による分解を受けにくい形になると、土壌に炭素が貯留されます。「土壌」中に有機物として存在する炭素量が増えれば「大気」のCO2が減少し、あたかも農地がCO2を吸収したような勘定になるのです。
土壌中に炭素を貯留する技術としては緑肥(栽培した植物を腐らせずに土壌に入れて耕し、肥料にすること。有機農業の一種。これにより土壌への炭素の入力が増える。)や不耕起栽培(農地を耕さずに作物を栽培する方法。これにより微生物呼吸によるCO2の排出を抑えることができる。)があります。
マイクロソフトは、農地で吸収・固定したCO2削減量を把握し、「土壌炭素クレジット(排出枠)」という証書にして、排出枠取引市場に供給すると明らかにしました。
排出枠は、CO2などの温室効果ガスの削減実績を売買できるように証書にしたものです。今は主に企業の温室効果ガス削減の手段として、欧州や日本など世界各地の市場で取引されています。企業がこれを買うと、その企業の削減実績として認められます。
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クボタ│農業機械のEV化を目指す
農機の国内最大手クボタはカーボンニュートラルの取り組みとして、農業機械の電動(EV)化を進めています。2023年末をめどに、まずは欧州で小型のトラクターと建設機械を市場に投入する予定です。
またクボタは、2030年までに水素燃料の中型トラクターの実用化を目指しています。
スウェーデンのスタートアップ企業が海藻でウシのゲップから排出されるメタンを削減
2018年にスウェーデンのストックホルムで創業したスタートアップ「Volta Greentech」は「カゲキノリ」という赤い海藻でウシから排出されるメタンの削減を目指し、カーボンニュートラルを目指しています。
カゲキノリをウシの飼料に混ぜることで、ウシのゲップによるメタンガスの放出を85%も削減できる効果があると報告されています。
カゲキノリは全体の飼料の0.2%の量だけ振り掛ければよいとされています。さらにこの海藻を用いることで飼料の総量が少なくなることも分かっています。ゲップはエネルギーが消費される原因なので、ゲップを抑えることで飼料効率が良くなるのです。
現在、カゲキノリの養殖が進んでおり、商業化も見込まれています。
世界では、カゲキノリ以外にも牛のゲップ削減に貢献する飼料の研究・開発が進んでいます。
エア・ウォーター│家畜ふん尿から水素を製造
産業ガス大手のエア・ウォーターは鹿島建設と合弁会社を立ち上げ、メタンや一酸化二窒素の発生源となる家畜のふん尿から水素を製造し、販売する事業を開始しました。
まず、鹿追町内にある農家から家畜のふん尿を処理する施設からふん尿を発酵させたバイオガスの供給を受け、その後、ガスに含まれるメタンから水素をつくります。1日あたりの水素の製造能力は燃料電池車を30台充電できる量に相当します。北海道鹿追町の水素ステーションで燃料電池車や燃料電池フォークリフトに供給しています。家畜のふん尿から水素をつくるのは日本で唯一の事例です。
まとめ
今回はカーボンニュートラルと農業の密接な関係について解説しました。
一見、クリーンな農業は意外にも主要な温室効果ガス発生源の一種でした。農業から発生する温室効果ガスには、CO2、メタン、一酸化二窒素がありその発生源についても紹介しました。
一方で取り組み事例から農地には炭素貯留能力があり、CO2の削減に貢献することが分かりました。また、農業から発生する温室効果ガスの削減対策はカーボンニュートラルに大きく貢献します。
工業についてのカーボンニュートラルを考えがちですが、今後は農業についてもカーボンニュートラルを考える必要があります。
また、農業から発生する温室効果ガスのメカニズムや対策方法のメカニズムには微生物が関わっていることにも気づきます。今後は見えない微生物について焦点をあてることは、カーボンニュートラル解決のカギを握ると考えます。
SDGs CONNECT ディレクター。ポイ捨ては許さない。ポイ捨てを持ち帰る少年だった。
現在はCO2の約300倍もの温室効果をもつと言われている一酸化二窒素(N2O)を削減できる微生物について研究。将来は環境×ITの第一人者になりたい
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