企業が円滑な運営をするために、人的資本経営への取り組みが必要とされています。そして、人的資本経営を活用するために取りまとめられたものが伊藤レポートです。
人的資本経営とは社内で働く「人」を大切にする経営方法です。労働者が減少している中で、人はますます重要な存在になっています。
今回は、最新版の伊藤レポートに関する内容や、伊藤レポートが求められる背景も紹介します。
【この記事でわかること】 |
伊藤レポートとは-要点を要約して解説
伊藤レポートについて、要点をわかりやすく紹介します。
伊藤レポートとは
伊藤レポートとは企業が人的資本を最大限に活用し、持続的な成長を実現するために経営戦略と人材戦略を一体的に推進していくための指針を示したものです。元一橋大学副学長の伊藤邦雄氏によって作成されました。
伊藤レポートでは次の3つを重視しています。
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伊藤レポートは、企業が人的資本経営を推進する上で重要な指針となるものです。企業は伊藤レポートを参考に、自社の人的資本経営を検討・改善していくことが求められます。
伊藤レポートは2014年に初版が公表され、2020年には「人材版伊藤レポート」、2022年には「伊藤レポート3.0」と改訂されています。
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伊藤レポートと人的資本経営の関係性
伊藤レポートは、ビジネスパーソンや経営者に「人的資本経営の重要性」を訴えています。
人的資本経営とは、従業員ひとりひとりのスキルや経験、知識などの有形・無形の資産を最大限に活用し、企業価値を高める経営手法を指します。伊藤レポートは、この人的資本経営を実現するための具体的な指針を示し、役立つ情報を提供しています。
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伊藤レポートの歴史
伊藤レポートの歴史は、1997年にさかのぼります。当時、日本の産業界はバブル崩壊後の長引く経済停滞の中で、企業価値の再定義が求められていました。そのような背景の中で企業の資産を物的資本だけでなく、従業員自身のスキルや知識も重要な経営資源と捉えるべきだという新たな視点を提示したのが伊藤レポートでした。
初版は、経済産業省が「企業価値向上に向けた情報開示に関する検討会」を発表しました。このレポートには、経営戦略と人材戦略を一体的に推進し、人的資本を最大限に活用していくことが重要であると記載されていました。
その後、伊藤レポートは時代の変化に合わせて内容をアップデートされてきました。特に注目すべきは、2022年に公表された「伊藤レポート3.0」です。これは、企業のESG投資やSDGs達成に寄与する働き方改革やダイバーシティの推進など、更なる広範な視点を盛り込んだものとなっています。
伊藤レポートが発表された背景3選
伊藤レポートが発表された背景を3つ紹介します。
型にはまらない働き方が増えた
近年、企業における働き方の形が多様化しています。従来の9時から5時までの固定時間勤務だけでなく、リモートワークやフレックスタイム制度、中には副業を許可する企業も増えてきています。
従業員一人ひとりが自身のライフスタイルや働き方により適した仕事の形を選択することで、より高いパフォーマンスを発揮する環境を整えられます。また、組織全体の生産性や新たな価値創出にも寄与します。
この状況を受けて、伊藤レポートでは「人的資本経営」の観点から企業がどのようにこの多様な働き方を推進し、活用しているかが問われるようになってきました。各企業の働き方改革の取組みや成果が公表されることで投資家やステークホルダーへの情報開示が進み、企業価値の向上につながると考えられます。
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ESG経営に注目が集まっている
近年、企業における経営の方向性として注目されているのがESG経営です。ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字を取ったもので、これら3つの視点から企業価値を評価することを言います。
ESG経営に注目が集まった背景には、投資家たちが企業の短期的な利益ではなく、環境への配慮や労働環境の改善、適切なコーポレート・ガバナンスといった長期的な視点での企業価値を重視し始めたことが理由としてあります。
そして、伊藤レポートはその一環として、企業の人的資本経営の評価に使用されています。この伊藤レポートを理解して活用することで企業はESG経営を推進し、社会的な信頼と企業価値の向上につなげることができると言えます。
産業構造の変化が見られるようになった
現代社会の産業構造は大きく変化しています。例えば、製造業から知識・情報を主とした知的労働へとシフトが進んでいます。
従来の製造業重視の社会では、物質的な設備や商品が価値を形成していました。しかし、現在ではITやAIといった知識・情報が価値を生む主要な要素になり、それらを生み出す人材が企業の競争力を左右します。
このような産業構造の変化に対応するため、企業は「人的資本」に注目し、資本経営に取り組む必要があります。その一環として、伊藤レポートは人材育成や多様な働き方を推奨し、企業の取り組みを評価・情報開示する指標として利用されています。
伊藤レポートが批判される理由3選
伊藤レポートが批判されている理由を3つ紹介します。
開示実務の視点がない
伊藤レポートに対して、一部で批判的な意見も存在します。その理由の1つとして「開示実務の視点がない」という指摘があります。
伊藤レポートでは人的資源をどのように評価し、その評価結果をどのような形で開示していくべきかについての具体的な手法や基準が伊藤レポートには明記されていません。
これは、企業にとって人的資源を適切に評価し開示するための実務的なヒントが不足しているという意見につながります。このような視点から、伊藤レポートには今後改善の余地があると言えます。
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大企業が前提だと思われている
伊藤レポートは中小企業やベンチャー企業への適用が難しいとの指摘も存在します。その理由として、次の2つが考えられます。
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この問題に対し、伊藤レポートを中小企業向けにアレンジする提案も出てきています。例えば、人的資本の評価や管理の手法、人事政策の評価基準を中小企業でも実践しやすいものにするといったことが挙げられます。
女性活躍への環境づくりに関する内容がない
伊藤レポートの中には多様な働き方や女性活躍に対する具体的な言及が不足しているとの批判もあります。
例えば、経済産業省によると「女性が活躍しやすい職場環境の整備」は人的資本経営を推進するための重要な要素とされています。しかし、伊藤レポートでは具体的なアクションプランについての言及が少ないと批判されています。
この点から、伊藤レポートが女性の活躍を後押しする環境づくりを推進する内容を盛り込むことが求められています。
伊藤レポート3.0とは-最新版のレポートの特徴は
最新版の伊藤レポートである「伊藤レポート3.0」について、わかりやすく紹介します。
伊藤レポート3.0の概要-伊藤レポート2.0との違いも解説
伊藤レポート2.0は人的資本経営の初期バージョンであり、従業員の成長と組織の成長を両立させるための基本的なフレームワークを示しています。
しかし、近年では、企業はより多様な働き方や柔軟な働き方を推進する一方で、人材の活用や人材育成による企業価値の向上にも注目が集まっています。
この現状から、伊藤レポート3.0へとアップデートしました。特に、これまでの人的資本経営の枠組みをさらに深く掘り下げ、企業価値向上と持続可能な社会の実現に向けて、従業員ひとりひとりの能力開発や働きがいの創出を重視しています。
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伊藤レポート2.0 |
伊藤レポート3.0 |
主な目的 |
従業員と組織の両立 |
社会価値と経済価値の連携 |
重視する点 |
能力開発 |
働きがいの創出 |
SX版伊藤レポートと呼ばれる理由は?
伊藤レポート3.0は、「SX版伊藤レポート」と呼ばれることもあります。これは、伊藤レポート3.0が人的資本経営の一部として、「S」の社会性と「X」の未来志向であることを象徴しています。
SXとは、「社会的価値創造」を意味する「S」と、企業価値を高めるための「X(未来)」を合わせた言葉です。一般的に、企業は利益を追求する存在ですが、伊藤レポート3.0では企業が社会貢献を通じて価値を生み出し、その結果として利益を上げることを理想としています。
この視点は、企業が持続的な成長を達成するために重要な要素であるため、SX版と呼ばれることが多いのです。
まとめ
人的資本経営の一環として、伊藤レポートは企業経営において重要な役割を果たしていることを紹介しました。
伊藤レポートは型にはまらない働き方やESG経営、産業構造の変化など、現在の労働環境の変化に対応するために発表されました。一方で、開示実務の視点がないことや大企業が前提だという批判もあります。
また、最新の伊藤レポート3.0では、社員ひとりひとりの働きがいを重視した内容になっています。このレポートの活用が、誰もが働きやすい社会の実現につながるかもしれません。
大学では国際デザイン経営学科に所属し、解決が困難な問題をあらゆる角度から解決できるようにするため、日々勉学に努めている。