最先端のITシステムを持つNECと、ケチャップやトマトジュースなどで長く日本の食卓を支え続けているカゴメ。そんな2社が、2022年7月、ポルトガルに合弁会社「DXAS Agricultural Technology(ディクサス アグリカルチュラル テクノロジー)」を設立する。
同社の核となるサービスは、NECのスマート農業のプラットフォーム「CropScope」だ。
「スマート◯◯」という単語を耳にするようになったが、農業にITシステムを掛け合わせることでどのような効果があるのだろうか。
また、なぜこの2社がスマート農業を目指して、タッグを組んだのか。
そこには単に収穫量を上げるだけではない、これからの農業を持続可能なものにしたいという共通の想いがあった。
パートナーシップで次世代の農業へ|互いの強みを生かし合うコラボレーション
ーーお2人の自己紹介をお願いします。
入江:NECの事業開発統括部のAgriTechグループの入江と申します。
NECには2002年から20年勤めています。国内の事業に携わった後、海外の事業に12~3年程携わっていました。2013年~18年までの5年間は、アフリカのケニアに駐在しており、当時はNECがアフリカ市場で販売しているサービスなどの販売業務や、支店運営をしていました。
2022年1月からはAgriTechグループに所属しています。今はカゴメさんとの共同事業である、トマトのアグリテックの事業の責任者を務めています。具体的には、カゴメさんと一緒に、欧州市場をはじめとした、私たちがメインでCropScopeの製品を販売している地域に対して、マーケティング活動や製品戦略を担当しています。
篠崎:カゴメのスマートアグリ事業部の篠崎と申します。
カゴメには2000年に入社し、22年勤めています。
入社後は、栃木県にある総合研究所で、主に加工用トマトの品種開発、ケールやプチヴェールなど葉物野菜のうち野菜系飲料に使われている原料野菜の品種開発、また、加工用人参の品種選定などを4年間担当しました。
その後、飲料や食品の原料となるトマト加工品を海外から買い付ける調達部に約5年、工場での品質管理に2年、イタリアの子会社(ベジタリア社)で冷凍グリル野菜の品質保証の責任者を4年勤めました。それから、アメリカのカリフォルニアに渡り、子会社であるユナイテッド・ジェネティクス社という野菜の種や苗を販売する会社で主にサプライチェーンの仕事をしておりました。
2021年11月にアメリカから帰国し、今の部署に配属されました。
ーーNECとカゴメがコラボすることになったきっかけについて教えてください。
篠崎:カゴメはもともとトマトの会社ですので、農業に関する知見やノウハウは今までたくさん蓄積してきました。一方、スマート農業に使われるITやAIを駆使した事業領域は全くの未経験でした。
そんな中、2015年にNECさんの方からお話をいただきました。今後カゴメの持つ領域を拡大し、また、次世代農業を推進していくには、農業いわゆるアグロノミーと先端技術いわゆるテクノロジーのコンビネーションが必要不可欠だと考え、協業をスタートしました。
入江:NECとしてもAIを活用した農業に進出したいという思いが強くありました。
しかし、いくらコンピュータを持っていてITの知見があったとしても、ドメインの知識、つまり農業の知見を持っているパートナーさんがいなければ全く進出できません。
そこでパートナーさんを探していたところに、ちょうどカゴメさんの考えられていることと、NECが提供できるサービスがマッチしそうだということで、スタートしてから7年間以上一緒に取り組ませていただいています。
農業の可視化からAIによるアドバイスまで|Low input High outputを目指して
ーー次に農業の背景課題について教えてください。
篠崎:カゴメは「食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる」ことを掲げています。その社会課題の中のひとつが「持続可能な地球環境」です。
当社は野菜や果物などの農産物を扱っており、自然の恵みを活かしたものづくりをする会社ですので、地球環境こそが経営基盤になっています。地球環境が整っていなければ、当然ながらいい野菜、果物はできません。この背景から持続可能な農業を実現していくことは必要不可欠であると考えております。
水や肥料など地球の資源は有限だからこそ、効率的に使わなければいけません。しかし、実際には非効率に使われてしまうような現状があります。多くの加工会社さんや農家さんは、収穫量を上げるために、肥料や水などを過剰に投入する傾向にあります。
その中で、私たちカゴメはLow input High outputを目指しています。必要以上に水や肥料をあげるのではなく、その植物に必要な最低限の水や肥料を投入することで、従来の収穫量、あるいはそれ以上の達成を目指したいと考えています。これを実現するためには、栽培技術を向上させて収穫量を増やすほかありません。そこで、栽培技術開発を重要な課題のひとつとして、これまで取り組んできました。
入江:ある程度の収穫量を確保されている農家さんも、実は大量に肥料をまくことで収穫量を確保しているという現実もあります。収穫量だけを見るといいけれど、長期的に見たときに、土壌に残留している肥料が悪影響を及ぼしたり、持続可能な農業かという観点では良くないことも同時に起きているといった課題があると思います。
実際、昨今は天候不順などで、農産物の栽培が難しくなっています。例えば特に2022年は、欧州では雨不足の影響で栽培ができない加工会社や農家も出ています。
そのため、いかに有限な資源を活用しながら栽培を実現していくかが非常に重要になってきていると、実際の現場の声を聞いて、ひしひしと感じています。
そこで私たちNECが提供を目指している、今ある有限な資源を極力無駄に使わず収穫量を確保できるソリューションは、まさに環境変化が著しい現代において世界が求めている解決策を提示しようとしているという感触が非常にあります。
ーー今回の共同事業の核となる「CropScope」の概要について教えてください。
篠崎:CropScopeはNECさんのプラットフォームで、ITやAIを使った営農支援サービスをお客様に提供していますが、両社は2015年から共同で加工用トマトに関するサービス機能を強化すべく技術開発を進めてきました。ポルトガルから始まり、スペイン、オーストラリア、米国で、実証試験を行なっています。
当初は可視化サービスからスタートして、農家さんや加工会社さんが、トマト栽培の現状を見える化することから始めました。
具体的には、土壌水分センサーを設置して土壌の水分の状態を見える化したり、あるいは衛星データや気象データを読み込んで植物体の状態を現場に行かなくても把握できるようにしました。さらには、最適な水・肥料のタイミングや量をアドバイスする機能もCropScopeで提供できるようになってきました。
入江:可視化から始めましたが、それだけでは現状を把握するだけで終わってしまい、そこからどのようなアクションを行わなければならないのかという提案が不足していました。そのため、農家の方がデータから直接自分で判断しなければならないという課題がありました。
そこで私たちは、AIガイド機能を開発し、今年から順次導入しています。実際の生育状況や土壌の状態、および気象条件に応じて、作物に与える最適な水の量、肥料の量を、AIがアドバイスをするというものです。
このように、私たちのAIテクノロジーを利用して、農家さんが自分で考えなければいけない負担を減らせるよう、サービスを提供しています。
ーー実際CropScopeの成果としては、どの程度実現できているのでしょうか。
篠崎:これまでポルトガルにあるカゴメの子会社の試験農場や、オーストラリアにあるカゴメの子会社が持つ自社農場で実証試験を実施してきました。
2019年のポルトガルの試験では、投入する窒素肥料を20%削減し、同年のポルトガルの平均収量の30%増となる結果を実現できました。また、2020年のオーストラリアの試験でも収量を10%ほど上げることに成功しました。
ーーまさに、Low input-High outputが実現されているということなんですね。
篠崎:そうですね。また、今年私たちがフォーカスしているのは、「節水」です。
実は、現在アメリカでは水不足が深刻になっています。ここ数年まとまった量の雨がなかなか降らず、貯水池の水量が激減し、農業用水が自由に使えない状況が続いています。2022年はヨーロッパでも水不足が問題になってきています。
節水をしても従来通りの収量、あるいはそれ以上を実現できないかということで、2022年はカリフォルニアでも実証実験を行なっています。
特にアメリカはご存知の通り、加工用トマトの一大産地です。そのため、私たちが今後将来的にこの事業を大きくしていくメインのターゲットとしている市場でもあります。
ーー実際にCropScopeを使った農家さんからはどういったリアクションが返ってきましたか。
篠崎:農家の方や、加工会社のアグロノミストの方々に使っていただいています。加工会社のアグロノミストというのは、トマト栽培を現場で指導する立場の人たちです。
彼らにとっては、たくさんの広大な圃場* を少ない人数で管理しなければならないので、遠隔で管理できるツールとして、これまで非常に好評を頂いております。
圃場(ほじょう):農産物を育てる畑のこと。
ーー最後に今後の事業、機能の方向性について教えてください。
入江:まず私たちNECとしては大きく2つのポイントにフォーカスしようとしています。
1つ目は、灌漑(かんがい)設備の機械との自動連携です。
灌漑設備は、水と肥料をあげるポンプのことです。現在は、CropScopeの機能で、どれだけ水をあげなければならないかというアドバイスまではできますが、その制御は農家さん自身が行っている状況です。
例えば北米では、水を少しずつトマトに与え続けることが安定した成長を実現させる鍵なのですが、農家さんが農場に行って毎日毎日水のパイプを開けて、しばらくしたらまた閉めてという作業を手動で行うのは、労力が非常に大きく現実的ではありません。
そこで灌漑装置を提供しているベンダー(提供元)と私たちがタイアップすることで、いつ水をあげるのかの指示をAIが行い、その情報を灌漑装置に伝え、肥料や水を与えるタイミングと量を細かく自動制御することにより、より少ないインプットで安定した収穫量が確保できるようなサービスを確立したいと考えています。
2つ目は、収穫データの予測機能開発です。
特に加工会社さんは、収穫量がどれだけ見込めるかというデータが不可欠です。いつどこの圃場でどのくらいの量のトマトが収穫できるから、トマトの生産ラインをどの程度準備しなければならないかという作業は、手計算や、今までの経験と勘で実施されているのが現状です。
一方、私たちのCropScopeのプラットフォームで管理している圃場については、一番収穫量が多くなるタイミングや、工場に輸送できるトマトの量を可視化できます。そのため根拠を持って、工場の生産計画を効率的に立案することができます。
こうした機能開発を、先ほど1つ目として挙げた灌漑の事業化と合わせて、今カゴメさんと一緒に研究しています。
篠崎:入江さんが仰っていた通りで、私たちが目指していることのひとつは、最適な灌漑制御プログラムを作っていくことです。
将来的に農業を自動化していくことは私たちの大きな目標ですし、それを手段として最終的には収量を大幅にあげていきたいと考えています。
本来加工用トマトが持っているポテンシャルの収量は、今実際に加工会社や農家が収穫できているトマトの2倍ぐらいあると考えています。
しかし、さまざまな環境要因や人的要因によって、実際にはポテンシャルの半分程度しか収穫できていない状況です。
少しでも本来持っているポテンシャルの収量に近づけていくことが、私たちの最終的なゴールだと考えています。
さいごに
今回はスマート農業の一つとして、AIを活用した営農支援サービスのプラットフォーム「CropScope」についてNECの入江さんとカゴメの篠崎さんにお話を伺うことができた。
単に収穫量を増やすこと、手間を省くことに加え、今ある限られた資源の中で最大限の収穫量を得るためにITの技術をフル活用していることがわかった。
さらにこれからは、気候変動など前例のない環境が待ち受けている。そのため、今まで“匠の感覚”で行われてきた営農技術に加え、衛星やセンサーなどからのデータ情報を合わせ、根拠を持った効率的な生産がこれからますます必要不可欠になると感じた。
CropScopeを用いることで今後さらに農業のポテンシャルを引き出し、環境に優しく収益性の高い営農によって作られたトマトの加工品が食卓に並び続けることを期待したい。
SDGs CONNECT ライター。専門の物理とSDGsを掛け合わせ、持続可能なだけでなく、より良い暮らしを科学の力で叶えることが目標。バンドでボーカルもしています。