【更新日:2022年4月8日 by 三浦莉奈】
「コオロギせんべい」をご存知だろうか?
コオロギせんべいとは、株式会社良品計画(以下良品計画)が株式会社グリラス(以下、グリラス)と協業して開発した「昆虫食」だ。
近年、世界の食糧危機への対策として昆虫食が注目を集めており、栄養価が高く環境への負荷も少ないことから、国連食糧農業機関(FAO)も昆虫食を推奨している。
昆虫食は抵抗感をもつ人も多い食材であるが、良品計画がグリラスと協業して開発したコオロギせんべいは2020年5月に無印良品のオンラインショップで発売され、当日完売となりSNSを中心に大きな話題を集めた。
昆虫食へのイメージを変え、世間に昆虫食の認知度を広めた「コオロギせんべい」。
今回は、良品計画とグリラスの対談インタビューという形式で、コオロギせんべいの誕生秘話や昆虫食の現状とこれからのあり方、今後の展望について伺った。
「コオロギせんべい」誕生秘話。コオロギを商品化する背景にあったものとは。
ーー自己紹介をお願いします。
神宮:株式会社良品計画の食品部の神宮と言います。食品部で商品の開発を担当しています。よろしくお願いいたします。
岡部:株式会社グリラスの取締役COOの岡部と申します。コオロギの養殖と販売事業を現在行っております。
ーー良品計画とグリラスが、コオロギせんべいを共同開発することとなったきっかけを教えて下さい。
岡部:はい。株式会社グリラスは徳島大学・助教の渡邉と、徳島大学・准教授の三戸と私の3人で2019年に設立したのですが、3年前の2016年に徳島大学としてクラウドファンディングを通じ、「コオロギの自動飼育装置を作る」というプロジェクトをスタートさせました。
当時は、昆虫食の重要性について国連の報告書は出ましたが、これまでの徳島大学の知見を社会に還元し、コオロギを産業化できればという想いがありました。
昆虫食は深夜のテレビ番組で芸人さんが罰ゲームとして食べるものとして認知されているような時代でした。
しかし、私たちはそのような時代の頃からコオロギに着目していました。さらに遡ると、徳島大学はコオロギの研究を30年以上行っており、世界的にもトップレベルの研究ベースがありました。
2016年にクラウドファンディングで得た資金を活用して飼育装置のプロトタイプを創ることはできたのですが、具体的に事業として行って頂ける企業様がいませんでした。ならば、自分たちが起業し、コオロギを社会実装しようと決心し、2019年の5月にグリラスを設立しました。
実は、グリラスを設立する少し前に良品計画様からコオロギに関する商品を作りたいとご相談を頂き、グリラスを設立する予定であったことから一緒にコオロギに関する商品を作りあげていこうというお話からご縁を頂いたという流れです。
ーー良品計画側からお声がけがあったということですが、昆虫食を商品化することとなったきっかけを教えていただけますか?
神宮:昆虫食に取り組むきっかけは、2019年にフィンランドに無印良品の店がオープンした1年ほど前に、良品計画のヨーロッパのスタッフがフィンランドで販売されたコオロギを使ったお菓子をお土産として日本に送ってきてくれたことがきっかけです。
そこで初めて昆虫食を知りました。
当時は、昆虫食の基礎知識もなく、フィンランドの方は国の伝統としてコオロギのお菓子を食べると思っていたのですが、昆虫食について調べてみると、牛や豚などの家畜に比べて環境負荷が少なく、栄養価の面でもしっかりとタンパク質が取れることから、ヨーロッパではすでに昆虫食の取り組みが広まっていることを知り、良品計画でも昆虫食を商品化していこうと考えました。
昆虫食の商品化を進めていくうちに、徳島大学様がコオロギに特化した研究をしていることを知り、お話をお伺いしたく徳島大学様のお問合せフォームにご連絡したことがはじまりです。
ーー国内で、良品計画のように全国の複数の店舗で昆虫食を展開するという例は、まだそこまで多くないという認識なのですが、現在の日本の昆虫食市場はどのくらいの規模感なのでしょうか?
岡部:はい。ベンチャー企業では、昆虫を使ったさまざまな商品が出されていますが、流通量ベースではすごく狭いマーケットであるのは間違いありません。
昆虫原料は、製造の難しさなど課題が多いのですが、良品計画様が「コオロギせんべい」を出されたことをきっかけに、昆虫を商品として打ち出すことの可能性を見出した企業が増え、商品も増えてきていると感じます。
ーー実際に「コオロギせんべい」をリリースするにあたり、反応はいかがでしたか?
神宮:そうですね。昆虫食を商品化することに対し、良品計画の社内では特に反対意見はありませんでした。
ですが、消費者の方のなかには、昆虫食に否定的な考えを持つ方や、虫が苦手で食べられない方がいることは想定していました。
その点に関しては特に懸念していたのですが、実際に「コオロギせんべい」をリリースして昆虫食に肯定的な意見を持つ方が多いことがわかりました。
特に今回は、コオロギのパウダーを使わせて頂きせんべいにしていますので、見た目は普通のエビせんべいと変わらないような見え方となるよう商品を開発しました。
そのため、昆虫食をはじめて食べる方にとっての入り口として入りやすいアイテムにできたのかなと思っています。
「コオロギせんべい」販売までの道のりとこれから。
ーー開発の工程で大変だったことを教えてください。
神宮:コオロギは甲殻類に近いため、エビやカニと類似したアレルギーが出てしまいます。
そのため、どこの工場でも作れるわけではないという問題がありました。また、通常の食品の工場では昆虫は異物という扱いになってしまうため、「うちの工場で昆虫は扱えないです」と断られることも多々ありました。
そのため、開発の過程の中でも工場探しは特に大変だったと言えます。
ーー良品計画様の今後の展望として、新しい昆虫食の開発を進めていくというようなお話はありますか?
神宮:昨年の5月から「コオロギせんべい」の販売をネットストアのみでスタートしまして、そこから店舗で販売を開始し、現在(2021年4月28日時点)では201店舗まで拡大しています。
しかし、無印良品は400店舗以上あるため、今後は「コオロギせんべい」を全店で取り扱えるようになることが当面の課題だと思っています。
そのため、今の段階では別の昆虫食を開発する段階ではないと考えています。
現状では、「コオロギせんべい」は店舗に商品が入荷すると、1週間程で売り切れます。
その後、グリラス様から提供して頂くコオロギパウダーがある程度完成した段階で製品化し、再度店舗で販売しています。そのため、店舗での販売も途切れ途切れとなってしまっているのが現状です。まずは、「コオロギせんべい」を全店舗の規模で常に売れるような環境にしていくことが目標です。
ーーなるほど。神宮様がおっしゃったように、グリラスの中でも流通量的な課題は残っているということですね。
岡部:はい。先ほどおっしゃっていたように、良品計画様での「コオロギせんべい」の取り扱い店舗数が、半分しか到達していないのは、グリラスのコオロギパウダーの供給量が追いついていないことが理由です。
そのため、グリラスの課題は、効率的に早く生産量を確保していくことだと考えています。
グリラスでは、手作業で一つひとつコオロギを養殖し、パウダー化しています。その工程をより効率的にしていくために、養殖システムを作ろうとしています。
養殖システムの開発は、グリラス単独では出来ない部分もあるため、トヨタグループのジェイテクト様と共同で装置を開発をしております。
養殖システムをしっかりと稼働させて、量産体制を構築していくことがグリラスの目標です。
ーー先ほど、徳島大学様でコオロギの研究を30年間されていたとお伺いしましたが、昆虫の中でもコオロギに注目されているのはなぜですか?
岡部:コオロギは他の昆虫と違い、雑食であることから「コオロギがフードロスを解決する」と考えています。
例えば、バッタやイナゴなども候補としてもよく挙がりますが、限られたエサしか食べられません。
しかし、コオロギは雑食のため、人間が食べずに捨てられてるような食材をエサ とすることが出来ます。
世界では、人口増加によって食料不足が問題視されていますが、一方で先進国ではフードロスが起きているという矛盾が生じています。
この矛盾を解決する一つの手段が「コオロギ」だと考え、昆虫の中でも特に「コオロギ」を研究してきました。
ーーSDGsの観点から見ても、「コオロギ」の可能性はとても大きいのですね。
グリラスと良品計画が考えるSDGsの重要性とは。
ーーでは、ここから少しSDGsの重要性についてお伺いしていきたいと思います。SDGsでは環境変動や多様性が課題として掲げられています。良品計画は、「コオロギせんべい」以外にも、商品の企画をどのように発展させているのでしょうか?
神宮:良品計画では、「コオロギせんべい」のほかに、ビーガンの方へ向けた「大豆ミート」など、さまざまなサスティナブル食品を展開しています。
ーーここ数年で、サスティナブルな食品は大きな話題となっているように感じています。実際に、コオロギせんべいや大豆ミートなどのサスティナブル食品は売り上げも上がっているのでしょうか?
神宮:そうですね。売り上げは上がっています。しかし、サスティナブル商品が売り上げの中心となっているかと聞かれれば、当然その段階ではないです。
その中でも、私たちがサスティナブル食品を展開している理由としては、良品計画からお客様にSDGsや環境問題、社会問題などについて「知ってもらいたい」という思いが込められています。
「コオロギせんべい」に関しても、販売から1年程でネットストアのみの販売だったものが今では(2021年4月28日時点)200店舗まで増えました。
お客様の意見を聞いていても、最初は否定的な意見が多かったものの、最近では肯定的な意見が増え、世界中で食料不足が問題となっているという情勢を知るきっかけとなり、食の選択肢が増えたというお声も頂きます。
お客様の意見からわかるように、少しずつではありますが、良品計画をきっかけに昆虫食を含めた「食の多様性」が認知され始めているのではないかと思っています。
ーーグリラスにも、昆虫食を通じたSDGsの重要性についてお伺いしもよろしいでしょうか?
岡部:グリラスがミッションとしてるのは、先ほども申し上げたように、人口増加に伴い、食料不足が起きている一方で、食品ロスが起きているという現状を解決していくことです。
コオロギは既存の畜産と比べて、温室効果ガスの排出が少なく、育成にかかる水の量も少なく、エサも少なく済むというような点が、グリラスの具体的なSDGsの取り組みになると思います。
グリラスでは、コオロギを循環型のフードという意味を込めて「サーキュラーフード」という風に呼んでいます。
SDGsの目標2や目標13に当てはまる飢餓問題や、気候変動問題を解決しながら、未活用なものを「コオロギ」を通じて効率よく回していく「サーキュラーフード」という捉え方を、今後も発信していきたいです。
ーー最後に今後の展望についてお聞かせ下さい。
岡部: 先ほども少しお話させて頂いたように、コオロギはエビ・カニと同じアレルギーの成分を含んでるのですが、アレルギー表記として「コオロギ」は表記されていません。
「コオロギ」がアレルギー表記の品種対象として国から認められなければ、一般の食料として広まることは難しいと考えています。
「コオロギ」が国からも、世間からも当たり前の「食」の選択肢になることを目指して今後も事業を展開していきたいです。
神宮:良品計画としては、「コオロギせんべい」のようなサスティナブルな商品が当たり前となることを目指します。
それと同時に、なぜサスティナブルな商品が販売されているのかの背景も知って頂き、お客様の「地球環境に対する意識」が良品計画の商品を通じて変化していくような社会を作りたいです。
まとめ
今回の対談では、「コオロギせんべい」の誕生秘話やその背景、グリラスと良品計画が目指す「持続可能な社会」について詳しくお話を伺った。
グリラスの30年間に渡るコオロギに関する研究ベースと、良品計画の持つ全国展開の店舗とSNSを通じたお客様コミュニケーションにより「コオロギせんべい」が世に知れ渡ったことで、「昆虫食」という今まであまり馴染みのなかった食の選択肢が増えた。
「コオロギ」はサーキュラーフードとして、私たちが目指す「持続可能な社会」を導いてくれるだろう。
グリラスと良品計画の事業や商品を通じて、私たち消費者の「地球環境に対する意識」が変化していき、「持続可能な社会」のために多様な選択肢が増え続け、日常となる社会を目指す両企業の今後にも注目していきたい。
SDGs CONNECT副編集長。SDGsを他人事と思わず、当事者意識を持って考える「きっかけ」となる記事作成を目指しています。大学では「女性が生理休暇を取得しやすい環境を作る」をテーマに研究。