わざわざ出社しなくても家で働け、副業や転職も珍しくない。コロナ禍を経て、働き方や就業観が変わりつつある現代において、人事という仕事の重要性が高まっているのではないでしょうか。
今回はオフィス家具を扱い、働き方に一石を投じ続ける株式会社イトーキ 人事本部長の山村善仁さんにイトーキが推し進める人事制度改革やオフィスの在り方についてお話を伺いました。
構造改革プロジェクトで一から課題を洗い出した
ーー自己紹介をお願いいたします
山村:株式会社イトーキで人事本部長をしております山村善仁と申します。人事本部が立ち上がり、私が人事本部長になったのが2021年でして、実はそれまでは1990年に入社してからずっと営業を担当していました。現場や事業への理解はもちろん、一時期グループ会社の責任者として全国の拠点を回っていたこともあるので、それらの経験が人事になったときに役立っているなと感じています。
ーー2021年に人事本部を立ち上げられたということですが、その経緯についてお聞かせください
山村:2021年以前、人事は企画本部という部署の中に「人事統括部」として設置されていました。さほど人数も多くなく安全や健康の領域も含め受動的な対応にならざるを得ない状況でした。
人事本部として独立した部署にすることになった理由は「人材マネジメント全般の重要性を見つめなおした」ためです。コロナ禍ということもあり、働き方や就業観が変化しつつあった時でした。また、今後さらに労働人口が減少し、人材の確保も困難になると考えるとこのタイミングで改革をしなければと経営陣も考えたのだと思います。
そんな中で、2020年に社内で「構造改革プロジェクト」が発足し、営業や生産などのテーマに分かれていたんですが、その中の1つに人事があり、私は当時営業の関西支社長をしていましたが、人事のプロジェクトリーダーとなりました。プロジェクトを進めていく中で、人事を社長直轄の独立組織にして、経営と人事の連動を高めていこうという案が出ました。
そして2021年に人事本部という部署が社長直轄の組織として立ち上がり、それにあわせて私も営業から異動したといった流れになります。
ーー「構造改革プロジェクト」ではどのようなことをされていたのでしょうか
山村:そもそも構造改革プロジェクトは、会社として業績が10年ほど低迷していて利益が上がっていかない状況をなんとか打破するために発足したプロジェクトでした。
人事のプロジェクトには、当時の人事統括部のメンバーは1人しかおらず、それ以外は営業や生産、デザインなど様々な職種の人が集まっていました。そんなメンバーで、今後の人事施策について、課題の洗い出しからその課題に対して会社としてどうしていくべきかを考えていきました。
そこでは人事制度だけでなく、採用の在り方や教育制度、社員の配置なども議論していました。議論をしていく中で出た「人事制度改定・採用の変革・教育の変革」の3つのテーマを活動の大きな目的として据えて、人事本部となった後も現在まで取り組んでいます。
違う職種で経験を積んでいた人が集まっていたので、自分が今まで見えていなかった観点の話も多く挙がり、この時間が今となっては「あってよかったな」と感じています。
エンゲージメントを高めるための人事制度改革
ーー3つのテーマの中でも特に重要視されているのは、どれでしょうか
山村:人事制度の改定です。今年(2024年)の1月から新制度として運用を開始しました。
人事に異動となった当初、経営戦略と人事戦略の方向性を一致させることが必要だとわかっていたつもりでしたが、提案した施策がなかなか通りませんでした。人事としての経験がほとんどなかったので、書籍を読んだり、セミナーに参加して情報を集め、他社がやっていた取り組みなども取り入れようとしていましたが、初年度は経営会議で却下されるのが続いていました。
その時は「なんでうちの会社は、新たな試みに対して柔軟に取り入れられないのか」と感じていました。しかし、今思えば経営層とのディスカッションが足りていなかったんです。他社の真似事ばかりで、イトーキという会社にあった取り組みであるかが考慮されていない単発な提案になっていました。そこに気づいてからは意識的に経営陣との対話に時間を使い、社外に公表している情報だけでなく、経営層が今どんなことを考えているのかをキャッチアップしていくことに務めました。
経営陣との対話の中で、社員のエンゲージメントが低いという問題点が改めて浮かび上がり、そこを改善していくために人事制度の改定を重要視しています。
実際に社長からも人事制度改革を通じて「社員のモチベーションを向上させ、一人ひとりの能力の最大化をはかる。それを経営戦略と繋ぎ、ビジョンを共に達成する。」というメッセージが全社員に向けて発信されています。
ーー人事制度の改定をする中でもどの部分を特に意識されたんでしょうか
山村:一番重要視しているのは「エンゲージメント」です。社長の強い思いがあり人事と連携して進めてきました。そのため人事制度改革は「“脱”平等・一律」を目指し、現場への責任と権限委譲を目的としています。そして「Professional・Pay for Performance・Retention」の3つを基本方針に改革を進めてきました。
「Professional」は、従来のゼネラリスト型からスペシャリスト型へシフトしていこうということです。これまでは現場で結果を残してきた人を管理職にしてきましたが、本人の特性や意思にあわせて管理職ではなく専門性を活かして上を目指すことができるように上位職を拡大しました。今後は管理職でなくとも役員まで登っていけるような環境にしたいと考えています。
「Pay for Performance」は、成果に応じた評価・報酬を与えていくということです。従来は年功序列型に近く同い年であればほとんど一律の報酬でした。しかし、それではモチベーションには繋がりにくいので、しっかりメリハリのついた処遇にして、併せて業績連動型の賞与を導入し、成果意識を高めていければと考えています。
「Retention」もモチベーションに繋がるところで、結果を残している優秀な人財は昇格スピードを速めていこうということです。さらに、評価分布ガイドラインを導入し、誰の目から見ても適正な評価となるようにしています。
ーー人事制度改革のほかに社員のエンゲージメントを高めるために行っていることはありますか
山村:インターナルコミュニケーションとして、活躍している社員のインタビュー記事を社内報として週2〜3本ほどのペースで公開しています。
これは広報の中に専門チームを作ってやっている取り組みで、社長が注力しているエンゲージメントを高めるための施策の一つです。対象となるのは、今まで日の目を浴びづらかった工場や営業などの現場で活躍する社員が多いです。そこに年次や役職の縛りはなく、活躍していれば誰にでも取り上げられるチャンスがあります。
この取り組みのいいところは、その記事をきっかけにコミュニケーションが生まれるということです。記事に直接コメントをつけることもできますし、対面で会ったときには「このあいだの記事見たよ」といった形で話すきっかけになります。
これからのオフィスの在り方とは
ーーコロナ禍によって、リモートワークが普及し、働き方が変わりつつある現代におけるオフィスの在り方をどのようにお考えでしょうか
山村:オフィスに投資することによって、生産性が上がるとともに、会社への愛着やエンゲージメントの向上にも繋がると感じています。また、最近では会社選びの観点でオフィスが重要視されたりといった流れもあるので、採用や離職率にも関わってきていると考えています。
我々はオフィス家具やオフィス空間のデザインを扱う会社ですので、オフィスへの投資をするというのは事業そのものです。2018年に今のオフィスに移転してきてからも継続的に見直しを行い毎年3フロアある中のワンフロアをリニューアルするなどオフィス環境への投資をしていますが、コロナ禍が明けてからは出社率は高いですし、社員からの評判はとてもいいです。
また、当社では活動に応じて、最も生産性が高く働ける場所、時間、相手をオフィスワーカー自らが選択する働き方「ABW(Activity Based Working)※」を採用しています。本社オフィス「ITOKI TOKYO XORK」には「高集中」「コワーク」「電話/WEB会議」「二人作業」「対話」「アイデア出し」「情報整理」「知識共有」「リチャージ」「専門作業」の10の活動に分類したスペースを用意しており、社員は自分の仕事にあったスペースを選択して働いています。
※ 10の活動はオランダのワークスタイル変革コンサルティング企業Veldhoen + Company(ヴェルデホーエンカンパニー)の研究により作られた考え方です。イトーキは同企業とABW(Activity Based Working)のビジネス展開について業務提携を結んでいます。
このようにオフィスの在り方は時代や会社によって変わっていきます。私たちはオフィス家具を扱う会社として「こんな使い方もあるよ」というのを自社で実験し、提案し続けていきたいと思います。
ーーこれからの戦略・展望について教えてください。
山村:人事制度改革もまだ始まったばかりなので、まずは社内にいち早く浸透させていければと思います。人事本部としても、シニア活躍やデータドリブンな人財マネジメントなど、まだ取組みが必要なところも多いと感じているので、人事制度改革を皮切りにどんどん改革を推し進めていきたいです。
そして最終的に目指していきたいのは、社員の専門性と多様性です。高い専門性を持った多様な人たちの集まり。そんな集団になれれば、自ずと業績も上がっていくのではないかと考えています。
さいごに
これまで様々な企業さんのインタビューでオフィスに伺わせていただきましたが、一番魅力的なオフィスで、「ここで働いたら仕事がはかどりそうだな」と感じてしまうほどでした。インタビューの中でエンゲージメントを大事にされているとおっしゃっていましたが、オフィスの環境はもちろん、人事制度やインターナルコミュニケーションなどの施策によってエンゲージメントが高まったイトーキのこれからの躍進に注目していきたいと感じました。
SDGs connectディレクター。企業のSDGsを通した素敵な取り組みを分かりやすく発信していきたいと思います!